土曜のランチ、12時15分。最初の異変は、誰も気づかないくらい小さかった。
ハンディで送ったオーダーが、厨房のプリンタに出てこない。スタッフはもう一度送信する。今度は通る。
「たまたまかな」
その“たまたま”が、いちばん危ない合図です。
12時30分。客席が埋まり、スマホで写真を撮るお客様が増え、店内の電波がざわつき始めた。
突然、ハンディが固まる。レジ画面が一瞬白くなる。厨房の表示が遅れる。
スタッフの目が泳ぎ、店長のスマホが鳴り始める。
「すみません、オーダーが飛ばないです」
「すみません、会計が進まないです」
「すみません、今どこまで通ってるか分からないです」
バックヤードの棚の上に置かれたルーターの小さなランプが、静かに点滅していた。
その機器は、以前から店にあった“家庭用”のものだった。導入時、誰もそこを深く議論しなかった。
「Wi-Fiは店にあるものを使ってください。うちはPOSアプリの提供がメインなので」
ベンダーの説明は間違っていない。けれど、飲食店のピーク帯に家庭用が耐えられる保証も、どこにもなかった。
結局、その日のランチは“手書き伝票”と“記憶”で乗り切った。
営業後、店長はレジ周りの配線を見つめながら言いました。
「POSの比較ばっかりしてたけど、勝負はここだったんだな……。Wi-Fiが落ちたら、全部が止まる」
この回で伝えたいのは、POS選びの裏側にある現実です。
タブレット型のトラブルの多くは、アプリより先に、**Wi-Fi(設計・機器・設置・監視・相性)**から始まります。ここを軽く見ると、現場が一番苦しみます。
タブレット型POSへの移行で、現場が最も振り回される原因は何か。
多くの現場で起きている答えは、POSアプリの出来不出来よりも、**ネットワーク(特にWi-Fi)**です。
POSが不安定に見える現象の多くは、実際には「端末とプリンタの通信が途切れる」「ハンディが一瞬落ちる」「オーダー送信が遅れる」といった、無線の不調が引き金になっています。そして飲食店は、ピーク帯の一瞬の遅延が“致命傷”になりやすい業種です。
この回では、難しい専門用語をなるべく使わずに、POS選びの前提になるネットワーク設計の考え方を整理します。
1. Wi-Fiは「置けば動く」ではない。店舗は家庭と別世界
飲食店のWi-Fi環境は、家庭と条件が違いすぎます。
- 端末の台数が多い(ハンディ、レジ、プリンタ、モバイルオーダー、スタッフ端末など)
- 人と金属と水分が多い(客席の密度、厨房機器、配管、壁材などが電波に影響)
- レイアウトが複雑(死角や遮蔽物が多い)
- “落ちてはいけない時間帯”が明確(ピーク帯)
つまり、家庭用のルーターや安価な機器を流用すると、だいたい限界が来ます。
最悪、ピーク帯に落ちて「POSなし運用」を強いられ、現場が混乱します。
2. まず避けるべきは「家庭用ルーター」。次に避けるべきは「設置丸投げ」
飲食店で絶対に避けたいのが、家庭用ルーターでの運用です。
安い機器ほど、接続台数の想定や安定性が家庭向けで、ピーク帯に負けます。
もう一つの落とし穴が、設置が“なんとなく”になっているケースです。
Wi-Fiは置き場所で結果が変わります。本来は、店舗の電波干渉や死角を考えた上で、アクセスポイントの台数と設置位置を決めるべきです。
ここが甘いと、「機器は高いのに不安定」という事故が起きます。
高い機器=必ず安定、ではなく、設計と相性が結果を左右します。
3. 「相性」という厄介な現象:端末 × アクセスポイント × プリンタ
現場で起きる通信不調の多くは、単体の故障ではなく組み合わせ問題です。
- 端末とアクセスポイントの相性
- 端末とプリンタの通信方式の癖
- 店舗の混雑状況で変わる電波状況
- 客席のスマホが増えた瞬間に起きる輻輳(通信が詰まる現象)
この“相性問題”は、カタログ比較では見えません。
だからこそ、導入判断は「試験導入」や「ピーク帯の実地テスト」を重視すべきです。
4. ネットワークが苦手な会社が選ぶべき道:丸抱え型か、DIY型か
タブレット型POSの周辺設計は、大きく2パターンに分かれます。
- DIY型:Wi-Fiやネットワークは店舗側で用意・設計・保守する
- 丸抱え型:Wi-Fi機器の提供・設置から、監視・保守までまとめて面倒を見る
どちらが正解という話ではありません。
重要なのは、自社の体制がどちらに合っているかです。
ネットワーク運用の知見が社内にないのにDIY型を安さで選ぶと、トラブル時に情シス(または本部)が振り回されます。
逆に、社内に運用力がある会社はDIY型でも十分に成立しますが、その場合でも業務用機器と監視設計は必須です。
5. ここから一段深掘り:安定運用のために“最低限”押さえる設計
ここは箇条書きが分かりやすいので、最低限の観点だけ整理します。
- 業務用アクセスポイントを使う(家庭用は避ける)
- 客用Wi-Fiと業務用を分ける(同じ無線に混ぜると事故が増える)
- 遠隔で状況が見える仕組みを入れる(店舗に駆けつけなくても原因が追える)
- トラブル時の復旧手順を決めておく(再起動の順番、確認ポイントを明文化)
- ピーク帯の実測をする(“普段は大丈夫”は意味がない)
この辺りは、POSベンダーがどこまで面倒を見てくれるかで差が出ます。
「Wi-Fiは店で用意してください」で終わるのか、設置から監視まで持つのか。ここは必ず確認してください。
6. 第2回のまとめ:POSを選ぶ前に、ネットワークの“責任分界点”を決める
この回の結論は、これです。
POSを選ぶ前に、ネットワークを誰が設計し、誰が保守し、誰が復旧するかを決める。
これが決まらない限り、POS選定は“運任せ”になります。
次回予告:最後に効いてくるのは「保守・復旧」と「データ連携」
現場の操作性とネットワークが整っても、まだ落とし穴があります。
それが、障害時の復旧(どれだけ早く戻るか)と、データ連携(将来の拡張・集計・分析)です。次回はここを深掘りします。
困ったら、遠慮なく相談してください
ネットワークは、飲食業では“目に見えないインフラ”ですが、運用の成否を決めます。
私は多数のPOSのデータ連携を構築してきた立場として、POSの画面や機能だけでなく、裏側の通信・周辺機器・運用設計まで含めて現実的な落とし所を整理できます。さらに飲食企業の経営者として、ピーク帯の混乱や現場のストレスがどう致命傷になるかも理解しています。
「どこまでベンダーに任せるべきか」「うちの規模で業務用機器はどこまで必要か」など、悩んだら状況整理から一緒にやります。
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